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2017.08.15   2020.07.13

ホームインスペクションは中古住宅流通の救世主になれるのか?

ホームインスペクションとは?

ホームインスペクション」という言葉をご存知でしょうか。インスペクションを直訳すると「点検・検査・診断」という意味なので、ホームインスペクションとはさしずめ「住宅診断」と考えて頂いて良いでしょう。不動産業界でも新しい言葉なので、一般の方にはまず馴染みの無い言葉であると思います。

宅地建物取引業法の改正案が2016年5月に国会で成立し、2018年4月から中古住宅の取引に際してホームインスペクションの説明が義務化されます。義務化されるのは「ホームインスペクションを実施したことはあるのか?」「今後ホームインスペクションを実施する意向はあるのか?」などの説明する事のみであり、ホームインスペクションの実施が義務化されるわけではありません。ご注意ください。

不動産市場や金利、税制などのお金に直結する話にはすぐに反応できるのですが、法律改正のようなお金とは少し距離のありそうな話になると私の反応速度が鈍ります。もっと不動産に関する話題全般についてアンテナを貼っておかなければいけませんね。

では、なぜ「ホームインスペクション」に関する説明が義務化されるのでしょうか。それ以前に「ホームインスペクション」とはいったい何なのでしょうか。

1.ホームインスペクションとは?

簡単に言えば、専門家(建築士)である第三者による住宅の診断です。私たちに置き換えた場合の定期健康診断というイメージで良いと思います。あくまで「目視」による「非破壊」での調査となります。建物の構造における重要部分(基礎、梁、柱etc)や防水設備部分を中心に診断を行います。もちろん診断だけではなく改修の必要がある場合にはアドバイスを受けることも可能です。

2.ホームインスペクション義務化の背景

それではなぜ、ホームインスペクションの説明が義務化されるようになったのでしょうか。このことを理解するには戦後から現在までの日本の住宅に対する政策の在り方を理解する必要があります。

戦後の日本において、とても問題だったのが「住宅不足」です。高度経済成長期における都市部への人口集中に伴い大量の住宅が必要であるにも関わらず。需要に供給が全く追いつかない状況でした。このようなゆゆしき事態を重くみた政府は「住宅建設計画法(1966年制定)」を制定しました。この法律に基づいて行われた政策である「住宅建設5カ年計画」により公営・公庫・公団住宅の建設が後押しされ、住宅不足は解消に向かいました。

その後、住宅不足は解消されましたが今度は別の問題が発生します。増えすぎた住宅が「空き家化」し始めたのです。一難去ってまた一難とはこの事です。政府も今度はこの空き家への対策を打ち出しました。「住宅建設計画法」を廃止し、新たに「住生活基本法(2006年制定)」を制定しました。この法律によって、

住宅の量の確保(住宅建設計画法)⇒住宅の質の確保(住生活基本法)

というように政府の政策が転換しています。少子高齢化社会を見据えた上での転換です。そして、この住生活基本法は、

  • 良質な住宅ストックの形成
  • 良好な居住環境の整備
  • 住宅流通市場の整備
  • 居住の安定確保

を目指しています。住宅建設計画法により住宅の「量」を求めた結果、決して良質とは言えない住宅が大量に建設されました。住生活基本法は、そのような良質でない住宅が空き家化し始めたことへの対策として制定されたと考えても良いでしょう。逆から言えば、法律を制定して対策をしなければいけない程、空き家が重要な問題に発展してしまったのです。

日本では欧米諸国と比べても中古住宅の流通量が圧倒的に少ないです。日本における住宅総流通量のうち中古住宅の占める割合は35%前後ですが、欧米ではゆうに70%を超えます。住宅の基本的な構造が木造である日本石造である欧米諸国を単純に比較することは難しいですが、それでも日本における中古住宅の流通量は少ないといっても良いでしょう。そして、中古住宅の流通量が少ない事こそが、空き家が増加している一番の原因なのです。「住人が居なくなったけど誰も買わないから空き家化」してしまうのです。

ではなぜ、日本では中古住宅の流通量が少ないのでしょうか。そもそも中古住宅流通市場が未整備であることが最も大きな原因であることに違いはないですが、私はもう1つ大きな原因があると考えています。それは、

中古住宅の資産価値を判断する一般的な基準が無い

という事です。確かに中古住宅の場合にも立地や築年数などである程度の価値を把握することは出来ますが、住宅そのものの価値を判断する基準がありません。「重要事項説明書により住宅の状況が把握できるのでは?」という反論があるかもしれませんが、重要事項説明書はあくまで取引のプロである宅地建物取引士が作成をしているのであって住宅のプロである建築士が作成をしている訳ではありません。建物の重要部分である基礎や梁の部分の状況などを重要事項説明書から判断することは出来ないのです。

中古住宅の良し悪しが分からなければ、流通量が小さくなるのは必然です。中古住宅における価値判断の基準を提供し、かつ中古住宅の品質を向上させるべく政府はホームインスペクションの説明義務化を第一段階として実施するのです。物件毎に異なる中古住宅の資産価値が正当に評価できるようになれば中古住宅の流通が活性化され、空き家を含む様々な問題が解決されると政府は考えています。

3.ホームインスペクションの何が義務化されるのか??

前述しましたが、2018年4月から義務化されるのはホームインスペクションの「実施」ではなく「説明」です。具体的には、

  • 媒介(仲介)契約書にホームインスペクション業者の斡旋が可能かどうかを記載する
  • ホームインスペクションが実施された場合には重要事項説明の際に合わせて説明する
  • 売買契約の際に建物現況調査の内容を双方で確認し、媒介(仲介)業者が書面で両者に交付する

以上となります。「義務」と聞くだけで嫌悪感を覚えてしまう私ですが、内容を見たところそれほど難しい事を求められている訳ではなさそうです。まずは不動産取引の際にホームインスペクションという言葉に触れる機会を提供し、徐々に普及させるという感じなのでしょうか。

4.今後のホームインスペクションに求められるもの

やはり費用面の可視化でしょう。ホームインスペクションが必要な事であることは分かりましたが、実際にどの程度の費用が掛かるのかは不透明です。これから本格的に開始される制度ですので、当然と言えば当然ですが。制度が始まってしばらくの間は費用が高くつくかもしれませんが、様々な業者が登場し価格競争が起きれば妥当な金額に落ち着くのではないでしょうか。当面は相場というものが存在しないので、価格の上下が起こりやすい環境です。

また、ホームインスペクションは中古住宅の性能及び価値を診断するものなので、当事者から距離を置いた「第三者」による「客観的」な診断が必要不可欠です。ホームインスペクションの実施が一般的である欧米諸国では、「買主」が「購入時」にホームインスペクションを依頼することがほとんどであるそうです。売主ではなく買主が実施することが一番理にかなっていると思いますので、日本においても同様の習慣を根付かせる必要があるのではないでしょうか。

5.まとめ

いかがでしたでしょうか。

ホームインスペクションの説明義務化の背景を考察した場合、今後の日本の中古住宅流通にとって必要不可欠な制度であることがよく分かります。「もう少し早く実施するべきではなかったのか?」という疑問は横に置いておいて、まずは最初の一歩を踏み出した政府に賛辞を贈りたいと思います。

まずは2018年4月から「説明」が義務化されますが、中古住宅流通の観点から考えると、ホームインスペクションの実施自体が義務化されることが必要です。ホームインスペクションによって中古住宅の価値が今まで以上に把握できるようになれば、それだけ中古住宅の流通量が増える可能性があります。日本の住宅に関する問題を解決するための起爆剤になることを陰ながら願っています。

最後までお読み頂きましてありがとうございました。


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