日本銀行(以下「日銀」)のHPによると、2017年8月度の日銀によるJ-REITの買い入れ額は84億円でした。1年間で約900億円の買い入れを予定しています。
※本記事を更新した2018年2月21日現在、2018年2月の買い入れ額は「0」、2018年1月の買い入れ額は「24億円」となっています。
日銀がJ-REITを購入する、ということを不思議に感じる方もいらっしゃるかもしれません。「日銀も他の銀行と同様に資産運用を行っているのか?」と疑問に思われる方もいらっしゃると思います。しかし、「日銀によるJ-REITの買い入れ」という行為に資産運用という側面は微塵もありません。
もちろん、日本の中央銀行である日銀が意味もなくJ-REITの買い入れを行っているはずありません。そこにはれっきとした理由が存在します。今日はその理由について考察をしていきます。
1.日銀による金融商品買い入れの背景
まずは結論から申し上げます。なぜ日銀が金融商品の買い入れを行ったのかと言えば「リーマンショックに端を発したの未曽有の経済危機による歴史的株安の下支えをする為」です
そもそも日銀の使命は「物価を安定させ、経済を安定的かつ持続的に発展させる」事です。リーマンショック後の経済危機に対応するためにJ-REITの買い入れを行う事は確かに日銀の使命に合致します。ちなみに、初めて日銀がJ-REITに対して買い入れを行ったのは、2010年12月です(22億円分のJ-REITを買い入れています)
※未曽有の経済危機に対応するためにJ-REITだけではなく他の金融商品の買い入れも行っています。
また少し話は逸れますが、このような危機的な状況ではなく平時における日銀の買い入れの主な目的は「デフレの解消」にあります。
日本は長年の間、物価上昇率がマイナスとなるデフレに苦しみました。「物価上昇率がマイナスになる」ということは「モノが安くなる」という事です。私たち消費者にとっては良い事のように思えます。しかし、日本全体としてモノが安くなると、
- モノの価格安
- モノを販売している企業の利益減
- 企業の利益減による従業員の給料減
- 給料減により個人消費減
- モノの販売量減
- モノを売るために価格安
- …
という状況を引き起こします。「モノが安い」という1点だけに注目すれば消費者にとっては喜ばしい状況と言えますが、「モノが安い」事が引き起こす全体像を見ると、決して良い事とは言えません。むしろ好ましからぬ状況を引き起こす可能性が大きいのです。
このようなデフレから脱却させる方法の1つとして、日銀による「買い入れ」があります。デフレは主に、市場に資金が不足している為に起こります。市場に資金が不足しているために、貨幣の価値が相対的に上昇するのです。そして、そも貨幣の価値と反比例するようにモノの価格が低下するのです。
デフレが「市場に資金が不足している」事から起こるのであれば、デフレを解消する為の方法はカンタンに見つかります。「市場に資金を供給」すればよいのです。資金が不足しているのなら供給すればよい。市場に資金を新たに供給するなど日銀にしか出来ない荒業ですが。
逆に市場に資金が余り相対的にモノの価値が上昇する場合(これを「インフレ」と呼びます)、今度は買い入れたものを売却し市場から資金を回収します。市場に溢れている資金の一部を日銀が吸収することにより、行き過ぎたインフレを解消するのです。
この行き過ぎた「デフレ」「インフレ」を解消するために「金融商品の買い入れ」という行為が非常に有用なのです。
2.日銀のJ-REIT買い入れの基準
- 投資格付けAA格相当以上のもので、信用力、その他に問題の無いもの
- 取引所で売買の成立した日数が年間200日以上あり、かつ年間の売買の類型学が200億円以上であること
- 発行済み投資口数の10%以内(以前は5%以内)
上記が日銀が買い入れるJ-REIT銘柄の基準となっています。上記に満たないJ-REIT銘柄を日銀が買い入れることはありません。逆に言えば、各J-REIT銘柄は日銀の買い入れ対象銘柄になるために、上記基準が目指すべき目標の1つとなっています。
買い入れ限度額を5%⇒10%に引き上げたのは、2010年当初から買い入れを行ってきた銘柄の保有率が各銘柄の発行残高の5%を超えそうになったからです。まだまだREITを買い続けるという日銀の意向がくみ取れます。ちなみに、日銀の保有割合が5%を超えた銘柄は16銘柄です(2017年9月現在)
J-REITにおいては大手不動産会社がスポンサーになっていることが非常に多いです。明言はしていませんが、買い入れ対象銘柄の選定において、スポンサーの良し悪しも判断基準の1つであると私は考えています。当然といえば当然です。いかに銘柄自体の見栄えが良くてもスポンサー自体に問題がある銘柄など買えませんよね。将来的に何が起こるか分かりませんし。
日銀の買い入れ銘柄は「日銀が買い入れるくらいだから安心」という理由で買いが集まる傾向にあります。確かに安心感はありますが、逆からみると「市場における正常な価格形成」をゆがめてしまう可能性もあるのではないでしょうか。
3.日銀によるJ-REIT買い入れの効果
J-REIT自体は2001年9月に創設されましたが、当時はまだまだ認知度が低く時価総額が2,000億円程度の市場でしかありませんでした。その後、2007年5月には時価総額が約6.7兆円の市場に成長しましたが、その後のリーマンショックにより約2兆円程度まで下落してしまいました。
そして2010年に日銀が「J-REITを買い入れ銘柄に指定します」とアナウンスしたことによってJ-REIT自体の認知度が向上し、徐々に市場規模を回復していきました。2017年現在では、市場規模はおよそ12兆円に迫る勢いとなっています。
日銀によるJ-REITの買い入れは、J-REIT市場の価格下落の下支えとなっています。下支えという言葉を使用したのは、日銀の買い入れ額はJ-REIT全体の時価総額の1%にも満たない額なので、J-REITの価格上昇を生み出すまでのインパクトはないという理由からです。
4.日銀のJ-REIT買い入れによる問題点
日銀がJ-REITの大株主になってしまう可能性
現に発行済み投資口数の5%を超えて保有しているJ-REIT銘柄も存在しています。このまま買い入れが続き大株主にでもなってしまった場合にはJ-REITは国営企業にでもなるのでしょうか。日銀がそんなバカな真似をするとは当然思えませんが。どこかのタイミングで買い入れを中止するのか、既に買い入れているJ-REITを売却するのかの判断を迫られることになるでしょう。
買い入れ額が上昇基調から「下落基調」や「買い入れ凍結」に転じた場合
先ほどの内容と重複するかもしれませんが、日銀による「買い入れ額の減少」や「買い入れ凍結」というアナウンスが行われた場合、投資家はどのように考えるのでしょうか。もう少し端的に言えば、このアナウンスをプラス材料としてとらえる投資家はいるのでしょうか。どちらかと言えばマイナス材料としてとらえる投資家が多いように私は思います。
5.まとめ
いかがでしたでしょうか。
2017年現在、日銀によるJ-REITに対する買い入れは継続して行われています。しかしこのまま永遠にJ-REITに対して買い入れを行っていくという事はまずあり得ません。どこかのタイミングで買い入れを凍結します。さらにどこかのタイミングで売却に動きます。そのような状況下に置かれた時に、J-REIT市場全体がどのような動きをするのかは非常に興味深く、また非常に恐ろしいものでもあります
最初にも述べましたが、日銀の使命は「物価を安定させ、経済を安定的かつ持続的に発展させる」事です。市場を混乱させるようなことを日銀が行う事はまずあり得ません。うまく切り抜けてくれるという事を信じたいと思います。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。