賃貸マンションに入居する際には必ず火災保険への加入を求められます。一部火災保険への加入も求められない場合もありますが、ほんの一部の賃貸マンションのみです。そして何も考えずに不動産業者指定の火災保険に加入した経験はありませんか。
かく言う私はこのような経験があります。不動産業界に身を置いているにも関わらず、火災保険の事はよく理解していませんでした。現在までに2回ほど賃貸住宅に住んだ経験がありますが、両方とも何も考えずに火災保険に加入していました。
本当であれば、不動産業者指定の火災保険に関して「保険料は妥当なのか」「保険内容は適切なのか」「特約にはどのようなものが付いているのか」などを吟味する必要があります。しかし、そこまで確認する方はごくごく少数派であるのが現状です。「保険は難しいイメージ」というイメージがありますし、「保険は高い」というイメージもあります。しかし、高くても年1万円程度です。妥協できる人には妥協できる価格でしょう。
私は皆さんに不動産に関する様々な情報や知識を提供させて頂いています。「火災保険の事は分からない」では話になりませんので、勉強をしました。勉強をしたところ「火災保険はとてもカンタンである!」という事が分かりました。今回は火災保険を理解するためのポイントについてまとめていきます。
1.なぜ火災保険に加入しなければいけないのか?
なぜ火災保険に加入しなければいけないのでしょうか。この質問をすると、「賃貸中の部屋を不注意により燃やしてしまった場合に、オーナーに対して補償する必要があるから」という回答が多数を占めると思います。しかし、この回答は✖です。その理由を今から説明します。
日本の法律では「相手に何か損害を与えた場合にはその損害を賠償しなければいけない」と決められています。具体的には民法709条に、
「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」
上記の規定されていますので、故意(わざと)又は過失(不注意)により相手方に損害を与えた場合には、その損害を賠償しなければいけないのです。しかし、火事などの失火の場合には上記の民法709条よりも「失火責任法」という法律が優先して適用されます。
「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス(民法第709条の規定は、失火の場合には適用しない。但し、失火者に重大な過失があったときは、この限りではない)」
重過失とは、例えば
- 寝タバコ
- 電気コンロを付けたまま寝た
- 台所のコンロにてんぷら油の入った鍋をかけたまま長時間台所を離れた
このような状況下において火事を起こしてしまった場合の事を言います。カンタンに言えば「そんなことしたら十中八九火事が起きるよね!」という事です。しかし、重過失か否かの判断は裁判所が行いますので、一概に「これは重過失だけど、これは重過失ではない」という事は出来ません。
この失火責任法は明治32年に制定された非常に古い法律です。当時は住宅と言えば木造住宅であり、住宅が密集していることも相まって火事の延焼が非常に起きやすい環境でした。そのような環境の中で失火者に損害の全ての責任を負わせてしまうと過大な責任を負わせることになるのではないか、ということが問題視されていました。そのような経緯を経て失火の場合に責任を課す要件が、
「故意又は過失」⇒「重過失」
に限定されたのです。
しかし、このように失火者の責任が重過失の場合に限定されてしまうと非常に困る人たちが出てきてしまいます。それは「その失火のせいで損害を被った人々」です。賃貸マンションを例に挙げれば、その賃貸マンションのオーナーであり、隣人です。失火者に重大な過失が無ければオーナーは建物の建て替え費用を請求することは出来ません。隣室の火事により家財が全て消失したとしても、隣人は失火者に対してその家財費用を弁償させることは出来ないのです。では、何の過失もない被害者が泣き寝入りをしなければいけないのでしょうか。
※建物のオーナーはそのような場合に備えて自ら火災保険へ加入しています
実はそんなことはありません。なぜなら、オーナーと賃借人は賃貸借契約を締結しています。この賃貸借契約には退去時の「原状回復義務」が明記されていることがほどんとです。
もしこの原状回復義務に違反した場合には何が起こると思いますか。そう、損害賠償責任が発生するのです。この原状回復義務違反による損害賠償責任は民法415条に規定されています。
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする」
つまり、賃貸借契約を締結しているオーナと賃借人の間において失火により建物に損害が生じた場合には、失火責任法ではなく賃貸借契約締結における原状回復義務を根拠とする損害賠償責任が生じるのです。失火責任法よりも賃貸借契約に基づく原状回復義務が優先されます。そしてこの原状回復義務に基づく損害賠償責任を果たすために「借家人賠償責任保険」が存在します。
この「借家人賠償責任保険」はあくまで自らが賃貸している部屋に損害を与えた場合にのみに適用されますので、火災を引き起こし隣室に損害を与えた場合には適用されません。このような場合に備える保険は「個人賠償責任保険」です。この保険は非常に広範囲に適用できます。例えば、水漏れなどによって下の階の部屋に損害を与えてしまった場合などにも適用されます。自動車保険などの特約として加入することが多いので、気付かないうちに加入している方も多いでしょう。加入済みの保険を精査することをおススメします。
では、失火の原因となった部屋の隣室の損害はどのようになるのでしょうか。隣室の火事により自室に損害を被った場合には失火責任法が適用されてしまいますので、重過失が無い限り損害賠償請求が出来ません。隣人同士で賃貸借契約を結んでいるわけでもないので、原状回復義務も生じません。つまり「自分の身は自分で守る」しかないのです。このための保険が「火災保険(家財保険)」です。他人により自分に生じた損害を自分の保険で穴埋めすることになります。腑に落ちませんが、ここは諦めるしかありません。
ここまでの話をカンタンにまとめます。まず、それぞれの保険の特徴を一言で表すと、
- 火災保険(家財保険):自分の為
- 借家人賠償責任保険:建物のオーナーの為
- 個人賠償責任保険:隣室の住民の為
となります。まず火災保険(家財保険)があり、その火災保険の特約として「借家人賠償責任保険」「個人賠償責任保険」を付けることが可能です。
※「借家人賠償責任保険」「個人賠償責任保険」はあくまで特約であり、火災保険とセットでしか加入できません。
また、火災保険(家財保険)は火災だけではなく、風害や水害、又は盗難による損害まで補償してくれます。火災保険という名前からは分かりづらいですが、住宅に関する総合的な保険としての役割を担っています。
※なお、地震による火災や津波などにより被害を受けた場合は保険の対象外となります。地震による被害が保険の対象になるのは地震保険に加入しているときだけですのでご注意ください。
借家人賠償責任保険は、賃貸借契約における原状回復義務を果たすための保険です。部屋を焼失させてしまったら何百万何千万というお金が必要です。かといって賃借人にそこまでの資産があるとは限りません。このような事態を担保するためにこの保険はあるのです。
個人賠償責任保険は「漏水事故」などの賠償にも対応しています。自動車事故以外の様々な事故に対応しています。お子様が他者にケガをさせてしまった場合なども補償対象となっていますので、加入しておいて損はないでしょう。
2.不動産業者指定の保険に入らなければいけないのか?
そんなことはありません。確かにオーナー側の立場から言えば、何かあった時の為の保険(特に「借家人賠償責任保険」)に加入してもらわなければいけないのは当然です。しかし、これはあくまで保険に加入してもらうという事であり不動産業者指定の保険に入らなければいけないわけではありません。
また、不動産業者指定の保険に加入するとどうしても費用が高く付いてしまいます。それは、
- 保険を販売することによって不動産業者に手数料が入る
- 個々人の状況に応じた補償内容の保険を販売するのではなく、一定の決められた補償内容の保険を販売する
ことが理由です。さらに、不動産業者指定の保険は「1年1万円」「2年2万円」などの端数のないキレイな数字であることが本当に多いです。しかしインターネットで火災保険の金額などを調べてみると、同様の補償内容でより安い保険もありますし、こんなにキリの良い数字になっていることは滅多にありません。なぜなのかはよく分かりませんが、ひょっとすると1万円や2万円という金額が先にあり、その金額に合わせて補償内容が決められているのかもしれません。私の勝手な推測ですが。。。
上記に述べた内容を知ってしまうと、「不動産業者指定の保険ではなく自分で選んだ保険に入りたい!」と思う方が大勢いると思いますが、それで問題ありません。自分で選んだ保険に入れば良いだけなのです。不動産業者によっては、指定の保険の加入を拒むと「加入いただけないのであれば入居出来ません!」と言ってくるかもしれませんが、その場合は別の不動産業者に同じ部屋を仲介してもらった方が良いと思います。不動産業者としては指定の保険に加入させれば手数料が入ります。そのためにお客様に不快な思いをさせるような不動産業者とは付き合わない方がよいです。
3.保険金額はどの程度にしておけばよいのか?
必要な保険金額は個々人の家財道具の多寡や家族構成によって異なりますので一概に、
「火災保険(家財保険):○○円、借家人賠償責任保険:△△円、個人賠償責任保険:◇◇円」
ということは出来ません。
火災保険(家財保険)は自分の為の保険です。自分の家にある家財を再調達したらいくらくらいになるのかを計算した上で、その金額と同等の保険金額とすれば良いでしょう。火災保険を取り扱っている様々な保険会社が火災保険(家財保険)金額の目安を公表していますが、少し高めに設定されているような気がします。あくまで目安として参考にした方が良いかもしれません。
借家人賠償責任保険は賃貸している部屋の大きさによって保険金額は異なります。各保険会社の目安金額を調査すると「1,000万円若しくは2,000万円」が非常に多いです。ワンルームタイプであれば1,000万円、ファミリータイプであれば2,000万円という目安を基に設定しても良いと思います。
最後に個人賠償責任保険。これは死亡事故などに発展した場合も考慮して保険金額は1億円にしておくと安心です。この個人賠償責任保険は自動車保険などの他の保険の特約として付いている可能性もあります。同じ保険が重複するともったいないので現在加入している保険を調べた上で加入しましょう。
4.地震保険について
地震保険とは1966年に制定された「地震保険に関する法律」に基づいて「地震、噴火、またはこれらによる津波を原因とする火災、損壊、埋没、または流失をによる損害」を補償する保険です。上記の場合に家財に損害が生じたとしても火災保険の適用外です。別に地震保険に加入する必要があります。
地震保険は火災保険(家財保険)とセットでしか加入できません。また、地震保険は地震大国である日本の政府が主導している保険ですなので、他の保険と異なり特殊です。政府主導のもと、保険会社と協力して提供している保険なので、保険会社が異なっても保険金額等の補償内容は原則同一です。
※地震保険の自由化により、補償内容に各社独自の特約などを付けている場合もあります
地震保険の保険金額は火災保険金額(家財保険)の30~50%の範囲内でしか設定する事が出来ません。火災保険金額が300万円であれば、90~150万円の範囲内でのみ設定可能です。また、家財に関しては1,000万円が上限額となっています。そして、地震による損害区分により、
- 全損:地震保険の保険金額の100%
- 大半損:地震保険の保険金額の60%
- 小半損:地震保険の保険金額の30%
- 一部損:地震保険の保険金額の5%
上記の割合の金額が支払われます。地震保険金額が150万円で小半損の場合、
150万円×30%=45万円
上記の地震保険金額が支払われることになります。
5.まとめ
いかがでしたでしょうか。
なぜ火災保険に加入しなければいけないのかと言えば、「自分とオーナーと隣人を守るため」です。そして、その守るべき人の違いにより、
- 自分を守るための「火災保険(家財保険)」
- オーナーを守るための「借家人賠償責任保険」
- 隣人を守るための「個人賠償責任保険」
保険が存在しています。さらに、上記保険は地震による損害には対応していません。もし「地震にも備えたい」という場合には地震保険にも加入する必要があります。
今回は法律の話と保険の話が登場しましたので、非常に読み応えのある記事に仕上がっているかと思います。何度も読み返していただき、火災保険をマスターしていただければ幸いです。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。